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THE NORTH FACE

DIALOGUE WITH MIKA NISHINO + HIKARU SAGARA

アウトドアやスポーツはもちろん、ストリートカルチャーやファッションカルチャーをリードしてきた「THE NORTH FACE」───近年では、循環型社会を目指す数々の研究開発や製品開発を積極的に推進している。ブランドの歴史を形作ってきた一連の人気アイテムにAlgorithmic Couture™を適用し、ファッションロスゼロを目指して2022年からスタートしたのが「SYN-GRID」だ。プロジェクトを共創するアパレル部門の事業部長である西野美加とマネージャーの相楽輝に、サステナブル・ファッションの未来とプロジェクトの展望について聞いた。

THE NORTH FACEとファッションカルチャーの共進化

THE NORTH FACEの店舗は、今もなお東京におけるファッションの中心地である原宿エリアに並ぶ。 ダイアログはその一角に設置されたショールームで収録された。
THE NORTH FACEの店舗は、今もなお東京におけるファッションの中心地である原宿エリアに並ぶ。 ダイアログはその一角に設置されたショールームで収録された。

近年、THE NORTH FACEは広く一般やストリート、ハイファッションにも受け入れられるようになった––その理由はなぜだとお考えになりますか。

西野美加(以下N): その理由について考えるためには、THE NORTH FACEの歴史を振り返るのが近道になるかもしれません。THE NORTH FACEは60年の歴史において、3つの異なる時流を歩んできました。この道筋の中で、ブレない普遍性や信頼を獲得してきたことが重要だと考えています。

「3つの時流」とは何でしょうか。

N: まずは、バックパッカー創世期でもある1966年からスタートしたアメリカ発のカルチャー。次に、1990年代のストリートカルチャー。そして、2000年代以降のアウトドアのギアをファッションとして身につける新しいカルチャー。こうした文化の流れとブランドがリンクしてきた歴史があります。

その後、パンデミックを経て、「ゴープコア」のようなコンセプトを聞くことも増えました。

N: スタイリングの方法がますます多様化し、ストリートカルチャーがリバイバルした2010年代以降、ブランドが着実に成長した実感を持っています。アウトドア分野のコアマーケットからぐっと市場を拡大する中でも、機能性や安心感を価値の中心に置くことで、ユーザーに選ばれつづけてきたのがTHE NORTH FACEだったと思っています。

(左) THE NORTH FACEとファッションやカルチャーの関係を探るための一連の書籍群。思想家、建築家、発明家といった多彩な顔を持つバックミンスター・フラーの『ユア・プライベート・スカイ』など、ジャンルは多岐にわたる。
(右) 書籍を手に、60年に渡るTHE NORTH FACEの歴史を振り返りながら、対話は進んだ。

ユーザー、つまり着る人の視点がデザインにとって重要視されていたということでしょうか。

N: なにより、ブランドが大切にしている理念の一つである「ATHLETES TESTED. EXPEDITION PROVEN.™」にもあるように、アスリートが求める完成度を追求し続けてきました。近年は女性やキッズの需要に応えるべく努力しています。実際に使う人をきちんと見つめることで、60年代後半のマウンテンパーカーや、90年代前後のマウンテンジャケット、他にもヌプシジャケットやデナリジャケットといった伝説的なプロダクトを生み出すことができたのです。

THE NORTH FACEのタグラインである、「NEVER STOP EXPLORING」も印象的です。

N: モノを作るだけではなく、世界を変えることが重要である───THE NORTH FACEの創業者であるハップ・クロップの思想を心に留めています。当たり前を疑い、挑戦を続けていくマインドが根幹にあることで、時代に即した変化を遂げながら、普遍的なデザインを実現できるのだと思っています。

ショールームには、THE NORTH FACEによる人気の定番アイテムが並ぶ。 アウトドア用のギアとしてだけではなく、タウンユースやデイリーユースのためのアイテムも広く普及している。
ショールームには、THE NORTH FACEによる人気の定番アイテムが並ぶ。 アウトドア用のギアとしてだけではなく、タウンユースやデイリーユースのためのアイテムも広く普及している。

循環を目指す探求と持続

近年は循環をビジョンに掲げ、研究開発や製品開発を進めていらっしゃいます。

N: 守ることだけではなく、挑戦しつづけることをやめてはいけないと考えています。持続可能であることと、先鋭的なカウンターカルチャーの精神を両立させること。それが、長期的な視点で持続可能なファッションやアウトドア、繊維産業をリードする責任にもつながるのだと思っています。

まさに、サステナブル・ファッションの社会実装は「探求」のプロセスですよね。

N: Spiber社との共同研究開発により生み出された新素材を採用したコレクション「Regenerative Circle」は、まさに挑戦への第一歩でした。微生物発酵プロセスによりつくられる「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」は、石油依存を脱却し、循環型社会の実現を後押しする人工タンパク質由来の新素材として注目を集めています。

異なる分野同士の協業の価値について、どのようにお考えになっていますか。

N: 新素材を社会実装するという大規模なプロジェクトだからこそ、環境に対するポジティブなインパクトを最大化することができる。大切なことは、循環を目指す歩みを継続すること。そして、自分たちに足りない部分をスタートアップ企業や専門家とのコラボレーションで補完し合うことです。

(左) 西野美加は、2015年よりザ・ノース・フェイスのアパレル企画・MDを担当、現在は事業部長としてTHE NORTH FACEアパレル部門を率いる。
(右) 相楽輝は、THE NORTH FACEライフスタイルグループ マネージャー。SYN-GRIDの立ち上げから一貫して関わり、プロジェクトを推進している。

THE NORTH FACEとSynfluxは、ファッションデザインにおいてどうしても出てしまう廃棄を限りなくゼロに近づけるためのプロジェクト「SYN-GRID」を立ち上げました。

相楽輝(以下S): THE NORTH FACEの強みの一つは、細部に徹底したこだわりを持つこと。ひとつひとつのパターンにも、動作性や防水性が織り込まれています。SynfluxのAlgorithmic Coutureを活用して廃棄量の低減を最大の目標に掲げつつも、デザインを妥協することは許されません。

廃棄削減と優れたデザインの両立がプロジェクトのコアでした。

S: 実際にTHE NORTH FACEチームの開発者やデザイナーがサンプルを見たとき、このデザインなら生産に進んでも良いという評価が上がった。Synfluxの皆さんと廃棄削減を達成した上で、ブランドを築いてきた社員やデザインを担当した本人からも嬉しい言葉をかけてもらい、個人的にもすごく嬉しかったのを覚えていますね。

2024年のSYN-GRIDで発売された「GEOMETRIC DOTSHOT JACKET」。 定番のDOTSHOT JACKETをAlgorithmic Coutureによって、極小廃棄のデザインに再構築した。
2024年のSYN-GRIDで発売された「GEOMETRIC DOTSHOT JACKET」。 定番のDOTSHOT JACKETをAlgorithmic Coutureによって、極小廃棄のデザインに再構築した。

SYN-GRIDと自然のためのテクノロジー

SYN-GRIDにどのような可能性を感じていらっしゃいますか。

S: 可能性しかないと思っています。今後は量をこなしていくことで、廃棄削減の効果を最大化することに取り組んでいきたいです。THE NORTH FACEの多様なアイテムに適用することで、マーケットと地球両者に対して意味のある結果を残せると確信しています。

まさに「循環」のためのプロジェクトであると。

S: そもそも我々がよく言っている「循環」とは何か──成長と衰退が繰り返され、また次の生命にバトンを渡す自然の原理と、ものづくりをはじめとする人間活動を関係させる新しい方法が必要なのだろうと思っています。環境危機の時代においても、すべての人が「循環」を自分ごとにすることは難しい。それでも、SYN-GRIDなどのプロジェクトを通して、わかりやすくお客様にストーリーを伝えていきたいと思っています。

ファッションや衣服は、「循環」の思想を人々に広く伝えるための「メディア」であるとも言えるかもしれませんね。

S: ゴールドウイン社長の渡辺貴生が、「THE NORTH FACEのテクノロジーは自然を良くするために存在するべきだ」と私に声をかけてくれたことがありました。循環を目指し、自然環境を回復させるという大きな目的を掲げて技術応用を進めるべきだし、スポーツやファッションを通して世の中にその意義を伝えていく必要があると思っているんです。

THE NORTH FACEのタグライン「NEVER STOP EXPLORING」が意味する「あくなき探求」 ──「循環」のためのファッションの探求も尽きることはない。
THE NORTH FACEのタグライン「NEVER STOP EXPLORING」が意味する「あくなき探求」 ──「循環」のためのファッションの探求も尽きることはない。

大きな思想やコンセプトと生活を結びつけることが、SYN-GRIDの重要な目的のひとつというわけですね。

N: 循環や廃棄という目に見えづらい問題に注目して、日常的に「もったいない」と感じていた違和感を改善することに意義を感じています。廃棄ゼロの実現を目指し、人間以外の存在であるアルゴリズムが服づくりに参与するときに、どんな面白いデザインが生み出せるのか想像するとワクワクします。その先に、着る人に対して新しい喜びや驚きを提供したい。そんな期待感を持っています。

最後に、SYN-GRIDの今後について、展望を聞かせてください。

S: 改めて「自然のためのテクノロジー」を共通の目的に、SYN-GRIDをますます進化させたいですね。Algorithmic Coutreが今後、より強固なテクノロジーになったとき、本当の意味で地球を救うものになる。人類にとってすごく意義のあるものになると、取り組みを一緒に始めたころからそう信じています。これからの世の中を背負っていく、Synfluxのような世代の方々が挑戦をしていることに感銘を受けているので、未来に対する責任あるものづくりを共にやっていきましょう。

ダイアログ: 川崎和也
取材補助: 増野朱菜
文章構成:川崎和也、藤嶋陽子
キーワード執筆:安斎詩歩子
カバービジュアル/撮影:田巻海
Date: June 5, 2024