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DIALOGUE WITH YUSHIYUKI MIYAMAE
三宅一生によるA-POC(エイポック)の思想と技術を継承、拡張する「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」は、領域を超えた多様なアーティストを包摂する共創プラットフォームの様相を呈している。服づくりのシステム変革を目指すデザイナー、宮前義之はデジタル技術前提時代のデザインの可能性をいかに見据えているのか。Algorithmic Coutureを応用し、「一枚の布」に極小廃棄のアルゴリズムを織り込んだ「TYPE-IX Synflux project」での試みの成果と未来への展望を問う。
A-POCとはどのような思想なのか教えてください。
A-POCは「A Piece of Cloth」の略称で、三宅一生が提唱した「一枚の布」を元に誕生した考え方です。服づくりのプロセスを革新する新しいデザインのあり方を探求してきました。
通常の服づくりのプロセスとは何が異なるのでしょうか?
通常は、服の形を決定する型紙をもとに布を裁断し、縫製するといった一連の工程で製品が完成しますが、このようなプロセスは身体が服をまとった3次元と布の2次元を行き来する複雑なものです。こうした西洋由来の「洋服」のデザイン手法に対して、A-POCでは、機械で布を生産する際に、あらかじめ服のパターンやプリーツを編み込んだり、織り込んだりできるのです。私が「一枚の布」と出会ったのは学生時代。既存の服づくりを全部ひっくり返すような考え方で、強く衝撃を受けました。
宮前さん個人にとっても、A-POCの語源のひとつでもある「エポック・メイキング」な出来事だったというわけですね。誕生当時である1990年後半から2000年代初頭は、インターネットの勃興期でもありました。
90年代にはWindows95が登場し、スティーブ・ジョブズがiMacを発表したりと、ようやく一般の人たちの生活にコンピュータが身近になった時代でした。まさにその時、ファッション産業でいち早く、テクノロジーを用いた「一体成型」という新しい概念の服づくりをしたのが三宅一生でした。
パーソナルコンピュータとA-POCには同じ時代背景があったと。着る人が好きに裁断し、自分でデザインできるといった当初のコンセプトにも共通性を感じます。
デザインのプロセスという点で言うと、今まで分業化されていた工程を一本化したことも革新的な点です。原料製造から着用者の手に渡るまでを指して「川上から川下まで」と言いますが、川のように長く複雑な工程を経て、多くの人が関わります。A-POCでは、服の形や加工、使用方法などを事前にシミュレーションすれば、一枚の布に統合できるのです。
デザイナーの役割もより包括的なプロセスを設計するということになるのでしょうか。
「一枚の布」と向き合う中では、生地製造からパターンメーキング、縫製、デザイン、ビジネスのチームまで全員が、スタートからゴールまでひとつの同じテーブルで制作を進めます。ものづくりの全体の流れをマクロとミクロの視点から同時に見つめることが「一枚の布」と向き合う際に重要なことなのです。
こうした「一枚の布」の考えを拡張させ、今ではA-POC ABLE ISSEY MIYAKEを率いておられます。
ものづくりをめぐる問題は複雑化し、環境問題をはじめとして表層を扱うデザインだけでは解決できないことが多々あると考えています。ファッション産業における半年周期のシーズンのサイクルを超えたもっと大きな時間軸で活動をしていきたいという思いから、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEで活動しています。
A-POC ABLEでは、デジタル技術を扱うスタートアップやクリエイターとのコラボレーションも盛んです。
新たなイノベーションを生み出すためには、1人のデザイナーによる視点や価値観ではなく、出来る限り多くの価値観を取り入れた多角的視点がチームには必要であると思っています。自律的に運営するプラットフォームに共通の問題意識をもつ人たちが集まり、課題解決のための共創を進めていくことが肝要ではないかと。
Synfluxとの協業はいかがでしたか?
A-POC ABLEが少しずつ領域横断のプラットフォームとして成熟する中で、協業を促進できる環境になってきました。そんな良いタイミングで、Synfluxと出会えたと感じています。デジタルや建築の背景を持つSynfluxには、ファッション産業における課題を俯瞰して分析するのが得意だなと思うことが多くありましたね。そうした発想を元に、素材や製法の試作を積み重ねていきたいです。
領域横断的なコラボレーションをファシリテートする宮前さんのようなデザイナーにとって重要な役割はなんでしょうか?
デジタル技術を応用することのメリットである、合理性から美しい衣服を導くことがデザイナーの役割であると思っています。Synfluxとの取り組みでも、生地の廃棄という具体的な課題解決がベースにあったとしても、その中に美を見出すことが重要だと思い取り組みました。技術の良し悪しを超えた創造性についての営みは、緊張感がありつつも面白いです。
Synflux projectのデザインプロセスでは、アルゴリズムが廃棄を最小化した上で、パターンのデザイン案を複数提案し、A-POC ABLEのデザインチームが評価し、選択していくプロセスが採られました。
Algorithmic Coutureがデザインを多数生成してくれる機能に、私たちの固定概念を解放する効果を期待したいです。新たな服作りを探求しようとすると、自分たちでは発想し得ないものへの欲求があります。今回も、通常では思いつかないような位置に違和感があるパターン線が現れたことがあったのですが、そこから発想がスタートしたりして。
Algorithmic Coutureによって生成されたデザイン案はどのように評価されましたか?
自分の違和感センサーが何度も発動したことを憶えています。いつもとは違う道で山に登っていく感覚、そこにアルゴリズムとの協業の面白さがあると思いました。Algorithmic Coutureが生成する多数のパターンから、自分たちが美しいと感じるものを選択することで、納得できる完成度まで高められたと言えるでしょう。
次の展望があればお聞きできればと思います。
究極的に美しいものは、全てが自ずから然るべき状態へと至り、理にかなった状態であることだと思っています。直近で探求したパターンメイキングの美しさのみならず、裁断や縫製も含めた包括的な製造プロセスを合理化し、A-POC ABLEに対してAlgorithmic Coutureが完全に最適化した状態にできればと思っています。その結果、Tシャツやデニムパンツ、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEのような時代を超えたプロダクトをシステムのレベルから作りたいですね。
宮前さんが考える「システムのデザイン」に、デジタル技術はどのように利活用できるでしょうか?
世界的に人工知能や新素材などの先端的な技術の進化が進む一方で、国内では少子高齢化や設備投資の不足などものづくりの持続可能性に関する課題が多くあります。近年はそうした状況に対して、複雑な服づくりをできるだけ簡潔にする「仕組みのデザイン」に取り組みたいです。手仕事が必須の産業であるからこそ、できるところから廃棄の実態や作業フロー、コスト構造を改革するといった観点で、データやアルゴリズムの応用が重要だと考えています。
手仕事と機械仕事の間にデジタル技術を介入させ、可視化や最適化を試みるというわけですね。
その通りですね。ところで、みなさんは旅は好きですか? 2023年にパリで開催した展示タイトルを「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE: So the Journey Continues」にするほど私は旅が大好きなのですが、事前に計画をしっかりする旅と行き先を決めない旅の両方が大切だと思っているんです。ものづくりも綿密な仕組みづくりと、形式化しすぎないための無計画な遊びの両側面が大事だと思っています。
計画と寄り道、システムと創造性の両者をハイブリッドする宮前さんの姿勢をお伺いし、思想家のミシェル・ド・セルトーが『日常的実践のポイエティーク』で述べた「戦略」と「戦術」を思い浮かべました。
チームの原動力を醸成する目的を掲げつつも、指揮をとる自分が方向性を決めすぎてしまうと、あったはずの可能性をすくいきれないことにもなりかねない。それでいうと、仕組みのデザインやブランドのマネジメントにも戦略的な「登山」と戦術的な「寄り道」が大切ということかもしれません。