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DIALOGUE WITH GAKUTO OTSUBO
「ココロとカラダをニュートラルな状態に整える」をタグラインに、スポーツライフスタイルを軸に着る人と新しい関係性を紡ごうとする「NEUTRALWORKS.」。日常と先端技術を接続し、生活のデザインを実現しようとブランドを率いる事業部長、大坪岳人は環境危機の時代における衣服づくりにどのような展望を持っているのか。Algorithmic Coutureを活用した初の量産プロジェクト「SYN-GRID」の立ち上げや開発プロセスについて振り返りながら、次の展望について問う。
NEUTRALWORKS.を運営する中で、注目している考え方はありますか。
ウェルビーイングの概念について自分なりに考えることが多くなりました。「ココロとカラダをニュートラルな状態に整える」というコンセプトでブランドを運営しているからなのですが、次第に、自分の心身だけが健康になることが真のウェルビーングではないという思いが強くなっているんです。
大坪さんの言う「整う」とは、精神や心を孤独に鍛える自分への向き合い方とは少し違うのでしょうか。
パートナーや友人、学校や会社の同僚から、地域や社会、もっと大きな自然環境を含めてバランスを整えていくことが、自分自身が整うことに繋がるのだと思います。ファッション産業において、環境配慮の重要性が高まってきていますが、協働するあらゆる人々との関係性を含めてうまく持続可能なものにしていかないと、事業やものづくりのバランスが崩れてしまいかねません。パンデミックの最中にもそういったことに思いを巡らせることがありました。
多様な身体の特徴や、人によって異なる社会的属性を認め合う「利他」の考えが、エコロジカルなものづくりについて考える際にも求められるということでしょうか。
関係性のバランスを整えながら、衣服づくりの持続可能性について取り組もうとすると、工夫できることはたくさんあります。CO2削減といった定量的な背策はもちろんのこと、廃棄が少ないとか、リサイクル素材で作られているとか、循環できるとか。様々なマテリアルや工法について考えながら、デザインのプロセスにおけるケアについて考えていくんです。最近は、バナナの皮やビールのホップ廃棄由来の素材も積極的に応用しています。
自然環境へのケアがサステナブルファッションにおいて重要であると。
NEUTRALWORKS.における環境配慮のための第一のポリシーは、長く愛されること。できるだけ長寿命で使われることや、修理についても考慮に入れています。
先日訪問されたヨーロッパでものづくりに対する考え方を変えるような出来事があったと伺っています。
ドイツで見学したリハビリ施設がとても美しく設計されていたことに感銘を受けました。見た目はもちろんなのですが、食事の際に使われている温もりのある器も含めて、体験がつくり込まれていると思ったんです。普通の日常の中の、生活のデザインが思想の中心にあると強く感じました。
生活のデザインに関連して、NEUTRALWORKS.で実践されていることはありますか。
たとえば、NEUTRALWORKS.では、睡眠に関するプロジェクトを継続して展開しています。マットレスや布団、パジャマなどの開発で、体温を適切に保つ光電子素材を含む、睡眠環境テクノロジーを応用しています。
たしかに、睡眠は生理的な行為でありながら、個人的な習慣にも関わることだから、心と体をテーマに掲げるライフスタイルブランドが様々な提案を行うことはとても納得感があります。
新しいイノベーションは、一部の人たちだけではなくみんなのためにあるべきものだと思っているんです。睡眠の悩みを抱える比較的高齢の方々のように、一見先端技術に関係が薄いと思われがちな人にも、生活のためのデザインを提供したいと思っています。実際、私自身も、足腰が立たないくらい老いてしまったとしても、自分なりのかっこいい杖が欲しいって感じると思うから。
睡眠という万人の生活に関係する問題を介して、これまでデザインの対象から除外されてしまっていた人々を包摂する必要があるということだと解釈しました。その上で、生活をよりよくデザインするために大切なことはなんでしょうか。
生産プロセスを可視化することですね。ブランドのYouTubeチャンネルで、生産現場に潜入する企画をやっています。先日は、三重県にある河田フェザーに伺って、ダウンのつくり方を取材しました。あらためて痛感するのは、私たちは、機械だけではなく、人の手を介してものづくりを営んでいるということ。思い出すのは「自分で見てないものを見た気にならない」という、写真家の石川直樹さんの言葉です。服づくりは複雑な分業体制ですが、私たちの生活をかたちづくっている生産過程を見つめ直すことは、作り手にも着る人にも価値になるのではないかと思っています。
Algorithmic Coutureを応用した初の量産プロジェクトであった、ゴールドウインとの「SYN-GRID」は、展示会の現場でSynfluxのプロトタイプを見に来ていただいた大坪さんの一言からスタートしました。
SYN-GRIDでの初コラボレーションは、2022年に発売したフリースのセットアップ「KOCHIA」でした。Algorithmic Cotureを使って何ができるかを模索しながら実験を繰り返し、なんとか実装にこぎつけました。
それから、SYN-GRIDの第2弾を継続してローンチすることができました。
2024年に発売した「UZUMAKI Shell Anorak」は、SYN-GRIDで何ができるかが非常にクリアな状態で取り組めたので、完成度を高められたと思います。スポーツウェアとしてきちんと成立させるために、防水仕様も付与できたし、自転車などのユースケースを想定したディテールも入れています。
企画の序盤から、大坪さんがアノラックを作りたいとおっしゃっていたのが印象的です。
NEUTRALWORKS.のアイコニックなブランドイメージである斜線状のカットラインを取り入れた、アノラックシェルをつくりたいという発想が当初からありました。それに、アルゴリズムが生成したアシンメトリーなデザインが面白いと思ったんです。左右非対称を実現したまま、無駄がなく、廃棄が最小化されたパターンをデザインできないかと。
SYN-GRIDの今後の展開について、何か展望はありますか。
Algorithmic Coutureの一番のメリットは、人間の手作業で膨大な時間がかかることを、あっという間に処理してしまうことだと思っています。アシンメトリーの設計と無駄の削減を両立させることも一例ですよね。そうした、最適化から新しい発想やデザインを構想する0→1の制作も続けていきたいですし、リペアやアップサイクルなど再利用や再設計の取り組みにも応用できないかと想像しています。
ゴールドウインとSynfluxの協業の意義はどのように感じられていますか。
身体の動きや機能性を実現するという観点では、GOLDWIN TECH LABの技術や知識が大事になってきます。合理性や効率性へのまっすぐな最適化と、スポーツウェアの製造を組み合わせられることが、SYN-GRIDでの協業の意義だと感じています。